大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1407号 判決 1985年4月30日

原告 和田澄子

右訴訟代理人弁護士 渡部孝雄

被告 中小路忠之

右訴訟代理人弁護士 村山晃

主文

一、被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地、建物につき昭和五七年一一月二〇日遺留分減殺を原因とする四分の一の持分の所有権移転登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告(請求の趣旨)

1. 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地、建物につき、遺留分減殺を原因とする四分の一の持分の所有権移転登記手続をせよ。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 原告と被告の実母中小路ヨリは、昭和五七年七月二一日死亡した。

2. 亡ヨリの相続人は原告と被告の二人である。

3. 亡ヨリは、昭和五六年一〇月七日に公正証書により、所有不動産全部である別紙物件目録記載の土地、建物(以下本件不動産という)を被告に相続させる旨の遺言をなした。

4. 被告は昭和五八年二月一七日受付をもって本件不動産につき同五七年七月二一日の相続を原因として所有権移転登記を経由した。

5. 亡ヨリの右遺言は、相続分又は遺産分割方法の指定と解すべきところ、亡ヨリには他に遺産がないから原告の遺留分四分の一を侵害している。

6. そこで原告は、昭和五九年三月一日に、被告に対し右相続分の指定につき減殺請求した。

7. 仮に、被告が昭和五七年一一月二〇日に原告に亡ヨリの遺言の存在及び内容を伝えたというのであれば、原告は同日被告に対し自己の分け前を主張し、分け前をくれなければ遺産分割協議書に判こを押せないと拒否した。原告の右主張は、自己の相続分を主張して、その分割の申立をしたものであり、同日遺留分の減殺請求をしたと解すべきである。

二、請求原因に対する被告の認否

1. 第6項を認める。但し、減殺請求した日は昭和五九年二月九日である。

2. 第7項を否認する。被告が昭和五七年一一月二〇日に相続税の処理のために原告方を訪れたことはあるが、その際原告は判こを押せないと言ったにすぎず、減殺請求権を行使したものではない。

三、抗弁(時効)

1. 被告は昭和五七年一一月二〇日原告宅に赴いた際、亡ヨリの相続については遺言書があるので、これにより処理する旨を伝えるとともに、遺産処理のために戸籍抄本を取寄せ被告宅へ送付する様依頼したところ、原告は被告の右依頼に応じたものであり、右の時点において原告は被告が亡ヨリの遺言により本件不動産を相続することを知った。

2. 従って、原告の遺留分減殺請求権は右昭和五七年一一月二〇日から一年間が経過したことにより時効で消滅した。

四、抗弁に対する原告の認否

否認する。被告が昭和五七年一一月二〇日に原告宅を訪れた際に、被告が原告に亡ヨリの遺言がある旨を伝えたことはない。仮りにそうでないとしても、被告はたんに「家、屋敷を相続する」と言ったにすぎず、原告が遺言の内容を知ったわけではない。原告は、昭和五九年二月一四日に被告から遺言公正証書の送付を受けて、はじめて遺言の内容を知った。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因第1ないし第4項の事実は、被告が明らかに争わないから、これを自白したとみなす。亡ヨリの遺産が本件不動産以外に存することの主張、立証はないから、請求原因第5項の主張は理由がある。

二、そこで、原告の遺留分減殺請求の当否を検討する。<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

1. 原被告は兄妹である。その実父中小路忠三は昭和五四年一二月二九日に死亡し、その遺産相続を巡って原被告間に紛議が生じたが、遺産の一部分割協議と家庭裁判所における調停によって、田畑については被告が相続し、家・屋敷である本件不動産については取りあえず実母(亡忠三の妻)の亡ヨリが相続することとなり、本件不動産については昭和五五年七月に所有権移転登記手続がとられた。

2. 亡ヨリは昭和五七年七月二一日に死亡したが、原被告が再び遺産争いをするのを防止するためか、死亡前の同五六年一〇月七日に、前判示のとおりの遺言をなした。もっとも、被告は亡ヨリの右遺言を知っていたが、原告は知らなかった。

3. 原告と被告の仲は、父忠三の遺産争いの後に疎遠になっていたが、母ヨリの死亡後も事態は変わらず、法事で顔を合わせる程度であった。

4. 昭和五七年一一月初め頃被告宛に税務署から亡ヨリの遺産にかかわる相続税の申告書が送付されてきた。亡ヨリの遺産は本件不動産にほぼ限られていたうえに、前記公正証書遺言があったけれども、被告は右申告書又はこれに添付する遺産分割協議書には共同相続人である原告の署名押印が必要であり、かつ原告の戸籍抄本が必要であると判断し、同年一一月一八日以前に原告に架電し、戸籍抄本の取寄せを依頼した。原告は同月一八日に京都市下京区役所で自己の戸籍抄本の交付を受けた。被告は同月二〇日に原告方へ赴き、遺言により亡ヨリから本件不動産を相続することになった旨を伝えて、白地部分のある遺産分割協議書に原告の押印を求めたところ、原告は自己の分け前を要求し、被告がこれを拒否したため、原告も押印を拒否した。

5. 原告は前記戸籍抄本を被告に交付したが、右当日に手渡したか、後日に郵送したかは明確ではない。

6. その後被告は、前記公正証書によって、原告の協力を得ずして相続税の申告と本件不動産の移転登記手続をなした。

原被告各本人尋問の結果(各二回)中、右認定に反する部分は採用しえない。原告が被告に交付した戸籍抄本は、前記乙第五号証によって昭和五七年一一月一八日に原告が自ら下京区役所で受領した戸籍抄本であることが明らかであるが、原告が被告からの依頼もなく使用目的を相続として、被告の来訪する二日前に戸籍抄本を入手しておいたとは考えられないし、また、双方が一致して供述するところによりすれば、原告が遺産分割協議書に押印を拒んだことは明らかであるが、これは原告が亡ヨリの遺産の相続処理に不満であったからと推認するのが相当であり、かつ、具体的な言辞はともかくとして、相続の内容を伝えることなくただ押印することだけを求めて押問答をしたとは考えられないからである。

三、そこで、以上確定の事実のもとで原告の主張の当否を判断するに、原告は被告が亡ヨリの遺産として本件不動産が存在すること及び他にめぼしい財産がないことを知っており、そのうえで、被告が何らの精算をすることなく本件不動産を一人占めにすることを肯んじえないために、自己の分け前を要求して被告の求める遺産分割協議書への押印を拒否したものであるから、右の態度表明は、亡ヨリの遺言に対する減殺請求と評価するに十分である。なぜならば、遺留分の減殺請求は法律行為であるが、ある言動をもって減殺請求権の行使とみるか否かは意思表示における表示行為の解釈の問題であるところ、遺留分の制度は兄弟姉妹以外の法定相続人の相続分を被相続人の恣意的な財産処分から最低限度のものとして保護することにあるから、原告が自分の分け前を要求し、被告が遺産を独占することに応諾しない旨を表明することは、右の遺留分の権利を行使する意思の表示と解釈するのが相当だからである。原告が前判示のとおり戸籍抄本を被告に交付したことは、原告が被告の前判示のとおりの依頼を明確に拒否したことよりしても、右判断を左右する事情ではない。

右判断したところによれば、原告が昭和五七年一一月二〇日に被告に遺留分減殺請求をなしたとの主張は理由がある。

四、なお付言すれば、仮りに右一一月二〇日に原告が被告から遺言の存在と内容を伝えられていなかったとすれば、原告は遺留分侵害の事実を知らなかったとして、これを前提とする減殺請求の意思表示が否定されるべきであるとしても、その場合は減殺請求権の消滅時効は進行しないこととなるから、被告の抗弁は理由がなく、原告が昭和五九年の二月又は三月になした減殺請求の主張は理由があることに帰する。

五、よって、原告の請求は理由があるから、正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本順市)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例